ごあいさつ

フランソワ・バロン・ルヌアール氏は、終始一貫して抽象絵画を描きつづけ、透明な色彩感覚と自由な表現力とを、職人気質とも云える技法を駆使して展開する画風と、幅広い分野における精力的な活動とによって、フランス画壇に抽んでた巨匠であります。

バロン・ルヌアール氏は1918年版画家ポール・ルヌアールの孫としてヴィトレ (イル・エ・ヴィレーヌ地方) で生れ、エコール・ナショナル・スーペリュール・デ・ザール・デコラティフを卒業し、1939年には応召し、46年に復員するまで、第二次世界大戦においてフランス空軍将校として各地の戦線に参加し、その青春を過しています。

戦後、復員するとただちに版下画きをはじめ、ついで舞台美術をてがけていますが、48年には早くもべニス市賞を受けています。

氏はその故郷ブルターニュの風物に、1948~50年のイタリア、スペイン旅行、また60年の日本への研究旅行などによって接した世界各国の芸術風土を重ねて、自らの青春の体験と融合し磨いた感覚と技法とをもって、絵画のみならず造形芸術のあらゆる分野において、その才能を遺憾なく発揮し、いわば西洋と東洋とを包摂したともいえる想念の中に、詩と動きとを見事に見せている画境によって世界各地の個展を通じてその評価を定着させて来ました。

氏は、その芸術のほか各種公的機関の委員、美術学校の教授などを歴任し、国際的文化活動において大きな功績をあげ、国家功労賞、芸術文化勲章を受けるなど、各方面に輝かしい足跡を印しております。

バロン・ルヌアール氏は、1960年の研究旅行のほか1965年フォーブ60年展の事務総長としても来日しており、故東郷育児氏とも親しく、二科展に出品し、個展を聞いたこともあって日本には知己を多数有しています。

バロン・ルヌアール氏は、油彩のみならず、水彩、版画、装飾美術、舞台装置など、その手がけている範囲は広範にわたっていますが、今回は大作主義の氏の特徴を活かした大作を交え、油彩40点を展示し、現代フランス画壇の非具象の世界を紹介することとしました。

祖父ポール・ルヌアールは、19世紀末から20世紀初頭にかけ活躍した版画家、素描家でその血筋は孫バロン・ルヌアールに受けつがれています。

その徴密で正確な画風が収集家林忠正氏の目にとまり、そのコレクションが東京国立博物館(当時の帝室博物館)に納められ、日本に紹介されたのでありますが、今ここに東郷青児美術館の一室で孫の作品を傍にして、彼の東洋への夢が再現されたのは、やはり歴史の流れともいうべきものでありましょう。

フランス現代画壇の偉材バロン・ルヌアール氏の叡知あふれる作品と、その祖父ポール・ルヌアールの情緒豊かな小品とのかもし出す親愛の情は、必ずや皆様にご満足いただけるものと確信します。

本展は、当美術館の開館5周年を飾る特別展でありますが、生前国際文化交流の志の深かった東郷青児氏も地下で微笑をもってこの展覧会を迎えられていることと思います。

ここに貴重な作品を貸与されましたバロン・ルヌアール氏、および東京国立博物館、また本展開催にご協力下さいました外務省、文化庁、フランス大使館はじめ関係各位に心からお礼申し上げます。

1981年9月

財団法人 安田火災美術財団
東郷青児美術館

Notes et références :
Objet : Préface
Auteur : Xavier Daufresne de la Chevalerie, ambassadeur de France au Japon
Exposition : rétrospective de Baron-Renouard (バロン・ルヌアール展)
Lieu : Musée Seiji Togo, Tokyo, Japon 東京 東郷青児美術館
Date : 1981